東京家庭裁判所 昭和41年(家)1135号 審判 1966年9月19日
申立人 矢頭孝行(仮名)
主文
本件申立を却下する。
理由
一、本件申立の要旨は、
(1) 申立人は、本籍鹿児島県鹿児島市○○○町七四三番地の一亡矢頭忠義とその妻矢頭タマの間の二男として昭和一三年三月二七日に出生した者であるが、昭和四一年一月二一日分籍届出をし、現在の本籍地に新戸籍が編製された。
(2) 申立人の母方の祖母亡藤森ヤス(申立人の実母矢頭タマの母)は、その生前藤森家の後継者がないため、同家が絶えて先祖代々の墓地が荒れてしまうことを心配し、申立人を養子にしたいと希望していたのであるが、申立人の亡父矢頭忠義は戦時中警防団員を奉職し、多忙を極めていたため右藤森ヤスの希望を容れてやることができないうちに、右藤森ヤスは昭和一九年三月二八日死亡した。
(3) 申立人の母矢頭タマは、藤森ヤス死亡後今日まで藤森家代々の墓地を管理し、先祖の祭祀を主宰してきているのであるが、せめて身内の者に藤森姓を称する者が一人でもいれば、その者およびその子孫が引続き藤森家代々の墓地を管理し、祭祀を行なつてくれるであろうし、これが亡藤森ヤスの意志にも添うものであると考えており、申立人も右母の意見に賛成し、自ら藤森姓を称し、藤森家代々の墓地を管理し、先祖の祭祀を行なおうと決意し、本申立に及んだ。
というにある。
二、そこで審案するに、本件記録添付の各戸籍謄本並びに申立人および参考人矢頭タマに対する審問の結果によると
(1) 申立人は本籍鹿児島県鹿児島市○○○町七四三番地の一亡矢頭忠義とその妻矢頭タマの間の二男として昭和一三年三月二七日に出生した者であること。
(2) 申立人の祖母亡藤森ヤス(申立人の実母矢頭タマの母)は、大正一〇年六月三〇日前戸主藤森カツ(右藤森ヤスの亡兄寅太郎の妻)によつて家督相続人に指定され藤森家の後継者となつたのであるが、昭和一九年三月二八日死亡したこと。
(3) 右亡藤森ヤスは、申立人を養子にして藤森家の後継者にすることを希望していたが、申立人の父亡矢頭忠義は戦時中警防団員を奉職し多忙を極めていたため、右亡藤森ヤスの希望を容れてやることができないうちに右藤森ヤスは前記の如く死亡したこと。
(4) 申立人の母矢頭タマは、右藤森ヤス死亡後今日まで鹿児島市内にある藤森家代々の墓地を管理し、先祖の祭祀を主宰してきているのであるがせめて身内の者に藤森姓を称する者が一人でもいれば、その者およびその子孫が引続き藤森家代々の墓地を管理し、先祖の祭祀を行なつてくれるであろうし、これが亡藤森ヤスの遺志にも添うものであると考え、申立人にこのことを話したところ、申立人も自分が藤森姓を称して、藤森家代々の墓地を管理し、先祖の祭祀を行なうことを承知し、申立人は氏変更の許可を申し立てるため、昭和四一年一月二一日分籍届出をし、現在の本籍地に新戸籍が編製されたこと。
(5) なお申立人は、祖母亡藤森ヤスの死亡により藤森家が絶えているので、藤森家を継いで祖母の遺志および母の希望をかなえてやり、自らも精神的安定をえたいと考えていること。
をそれぞれ認めることができる。
以上認定の事実によれば、申立人は、その母方の祖母亡藤森ヤスの遺志および母矢頭タマの希望に添い、藤森家代々の墓地を管理し、同家祖先の祭祀を行なうため、また右亡藤森ヤスの死亡により絶えた藤森家を継いで右祖母の遺志および母の希望をかなえてやり、自らも精神的安定をえたいため、戸籍上の氏「矢頭」を「藤森」に変更することの許可を求めているのであるが、いずれの事由も未だもつて氏を変更するやむを得ない事由に該当するものとはなし難い。けだし、現行民法は、家の制度の廃止に伴ない、旧民法におけるが如き家督相続を認めず、相続はすべて遺産の相続となし、系譜、祭具および墳墓の権利は遺産から除外し、別個に被相続人の指定、慣習または家庭裁判所の指定により、その権利の承継者を定め、その承継者が祭祀を主宰することとしているのであるが、この権利の承継者は必ずしも被相続人と氏を同じくすることを要しないものと解されるのであつて、この点からすれば、申立人が藤森家代々の墓地を管理し、祖先の祭祀を行なうために、法律上その戸籍上の氏「矢頭」を「藤森」に変更しなければならない必要は毫末も存しないし、また右の如く氏を変更しないと事実上も祭祀財産を管理し、祭祀を主宰するのに重大な支障があるともとうてい考えられないからである。もし申立人が事実上かかる重大な支障があると考えているとすれば、これは余りに従来の家の観念にとらわれ過ぎているものというべきであろう。
また申立人のいう絶えた藤森家を継いで、精神的安定をえたいということは、家制度を認めない現行法律制度の下において、氏変更の事由となすことができないことは、詳言を要するまでもなく明らかである。
よつて、戸籍上の氏「矢頭」を「藤森」に変更することの許可を求める本件申立はいずれにしても理由がないので、却下することとし、主文のとおり審判する次第である。
(家事審判官 沼辺愛一)